たとえ明日死ぬとわかっていても今日と同じように暮らすだけ

もう10年以上も前のことですが、
あるとき、気まぐれにロンドンの街を歩き回っていたら、
偶然、壁に埋め込まれた、一枚の銅板が眼に入りました。

それはたしか、フリート・ストリートのどこかだったか?と思いますが、
ここ、ロンドンで童話作家を目指して学業中のガイドさんによると、

晩年にウォルトン卿がロンドンで釣具店を開いていた場所だったとか・・。

IMG_2060 のコピー

 私には、その記憶は、正確ではないのですれど、
銅版に彫りこんであった一句に「はっ」として、

いまだにその字体とか、銅版が、
おぼろな冬の午後の日光に気だるく照り出されて、
ありありと思い出せるほどです。

書かれていたのは、”STUDY TO BE QUIET”。

この”STUDY TO BE QUIET”は、ウォルトン卿の「釣魚大全」の
最後の一行を飾る言葉だそうです。

“穏やかに生きることを学べ”とか、
“静謐(せいひつ)の考察”とか、
訳されたりしているそうですが、

この本を最初に邦訳した神学者杉浦祐によれば、
この言葉は新約聖書に出てくる言葉だそうです。

彼によりますと、最後の審判が近いといわれ、
人々が必死にあわてふためいているときに、
聖パウロが「みんな!落ち着け!」と書いた手紙に出てくる言葉だそうです。

「宗教改革を行なったマルティン・ルターは、
あるとき、”もし、明日、世界が最後の日を迎えるとしたら、どうしますか?”と
きかれたとき、こう答えました。

“たとえ明日、世界が滅びるとも,今日私はリンゴの木を植える”と。

私は、クリスチャンでも、宗教学者でもないのですが、
素人考えで、”Study to be quiet” というのは、そういうことだと思います。

たとえ明日死ぬとわかっていても、今日と同じように暮らすだけだ・・と。

人間には役割というのがあって、
これをミッションというのだそうですが、

生まれもって人間には役割があり、
それは人間のなすべきことであり、
また、人間が出来ることなんじゃないかと思います。

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